2022/06/01

『セルコ』に見る兄弟愛

小麦の収穫の季節になると読みたくなる絵本があります。『セルコ』(内田莉莎子文、ワレンチン・ゴルディチューク絵/福音館書店)がその一つです。

セルコは老犬です。力はもう無く、ヨボヨボで、見た目にもみすぼらしい飼い犬でした。飼い主であるお百姓がある日、そんなセルコを役立たず呼ばわりし、お払い箱にしてしまいます。行く宛もないセルコは野原をうろつくしかありませんでした。すると、そんなセルコを見た一匹の狼が何を考えたのか、このような話を持ちかけて来てくれたのです、「どうだい。じいさん。しゅじんが また あんたを だいじにしてくれるように、おれが てをかそうじゃないか」。セルコは大喜びしますが、そのすべがわかりません。困惑しているセルコに狼は言いました。「むぎの かりいれが はじまる。あんたの しゅじんたちは、あかんぼを はたけの すみに ねかせて はたらくだろう。すきを ねらって、おれが あかんぼを さらう。そしたら、じいさん、あんたは おれを おっかけて あかんぼを とりもどすんだ。おれは あわてて にげるからな」。

刈入れが始まりました。お百姓とおかみさんは赤ん坊を置いてせっせと働きます。そこへ狼がやってきて、赤ん坊をさらって逃げ出しました。気が付いたおかみさんが悲鳴をあげると、そこへセルコが飛び出して、狼を追いかけて、たちまち赤ん坊を取り返し、お百姓とおかみさんの前へ置きました。お百姓は涙を流して言いました、「ああ、セルコ。ありがとう。おまえを おいだしたりして、すまなかった。ゆるしておくれ」。セルコがお百姓の家に帰ると、おかみさんは脂身たっぷりのたまご入り団子を煮て、セルコにご馳走を振る舞いました。「さあ、たべてくれ。はらいっぱい たべてくれ。もう にどと おいだしたりしないから、あかんぼの ばんを たのむよ」。そのように言われたセルコは「ああ、ともだちは ありがたい。どうすれば おおかみに れいが できるだろう」と、そればかり考えていました。

すると、願ってもない機会が訪れます。お百姓の上の娘が結婚するのです。たくさんのお客がお祝いに集まるとのこと。セルコはそこへ狼を呼び出しました。そしてその日になると、お百姓の家は暗くなっても飲めや歌えの大騒ぎです。テーブルの上には見たこともないような大ご馳走が並んでいました。セルコは狼をそっとテーブルの下へ忍び込ませ、肉やらチーズやら御馳走をかすめ取り、テーブルの下へ持ち込みます。それを見つけたお客がセルコを叩こうとしますが、飼い主が「やめてください。セルコは うちの むすこの いのちの おんじん。たいせつな いぬなのだから」と言って止めました。セルコにとってはこの上ない喜びです。一方、テーブルの下の狼はお酒まで飲んですっかりご機嫌。「ああ、まんぷく まんぷく。なんだか うたいたくなったよ」と低い声で唸り出しました。驚いたセルコが「とんでもない、やめてくれ!」と止めましたが、狼は我慢できず、気持ちよさそうに「ウォホホ ウォホホ〜ン ウォーウォ ウォオオ〜ン」と鳴きました。お客たちはびっくり仰天、悲鳴を上げて逃げ回り、結婚披露宴は台無しです。しかしセルコは、狼の最初のアイディアを準用し、オオカミに飛びかかり、ぐいぐいと家の外へ追い出して、野原まで連れて逃げました。そして狼に「きょうだい。これで このあいだの おれいが できた。げんきでな」と言うのです。二匹は抱き合って別れます。恐らく、互いの存在を喜び合いながら。

これはウクライナの昔話で、友情を異種間交流によって描いている逸品です。この絵を担当されたワレンチン・ゴルディチューク(Gordiychuk,Valentin)氏は1947年、ウクライナの首都キーウのお生まれ。国立キーウ芸術大学や当時のソ連芸術アカデミーでも学び、ロシアの著名な芸術家たちにも師事されました。ウクライナ内外の多くの展覧会に出品したり、モスクワやキーウの出版社で挿絵などを手がけたりして高い評価を得た方です。きっと当時のゴルディチューク氏はロシア人を「きょうだい」と呼び、誇りにしていたことでしょう。そのように、両国の人々が互いの存在を喜び合える日が再び訪れることを願ってやみません。心から。