2017/05/03

ジョージ五世と2本の花瓶

ジョージ五世という王様をご存知ですか。2010年に封切られたイギリスの映画『英国王のスピーチ』では、主人公ジョージ六世の謹厳実直な父親として登場して来るひとです。それでもピンと来ない方には「現在のエリザベス女王のおじいさん」と言えばお分かりになるでしょう。

このジョージ(五世)について、興味深いエピソードがあります。ジョージは、その兄アルバートが婚約6週間目にして突然、肺炎によって亡くなったため、急遽王位継承者となりました。そしてその18年後、44歳で実際に王に即位するのですが、王の地位はジョージ王に実に多くの試練と苦しみとをもたらします。例えば、戴冠後すぐに議会法成立に尽力したのは有名なことです。その他、ドイツ皇帝もロシア皇帝も自分の従兄弟でしたが、これにとらわれることなく、第一次世界大戦やロシア革命など、国の内外の様々な問題に対処し、ずいぶんと苦慮しました。その結果、王としても人としても心に大きな痛手を負い、疲れを覚えてしまうのです。

そんなジョージ王がある日、ジョージ王はロンドン郊外の小さな町にある陶磁器工場を訪ねました。実はジョージ王は普段から陶磁器を見るのが好きで、部類の陶磁器マニアでもあったのです。展示場を訪れたジョージ王でしたが、そこで特別に展示されている2本の花瓶を見つけ、足を止めました。それら2本の花瓶は、形も模様もまったく同じ物でしたが、どういうわけか、1本は艶々していて躍動感に溢れているのに対し、もう1本はまったく艶が無く、たいへん見窄らしく見えたのです。不思議に思ったジョージ王が管理人に尋ねました、「どうして同じようで同じでない2本の花瓶が並べて置かれているのかね?」と。すると管理人が答えました、「理由は簡単です。1本は火で焼かれ、もう1本は焼かれていない物だからです」と。これを聞き、ジョージ王は悟ります。元は見窄らしいものでも、火で焼かれれば見違えるほどに輝かしくなれる、それは人間も同じではないか、と。それからというもの、ジョージ王は今まで以上に献身的に、国の内外にある諸問題に取り組んで、まるで苦労を買って出るような人生を送りました。そして、その生涯を通して精錬され、文字通り輝かしい人生を送った名君と称されるにまで至ったのです。

ちなみに、今上天皇の皇太子時代の教育掛を担当した小泉信三氏がこのジョージ五世の伝記をその帝王学のテキストとして用いたと知り(『ジョオジ五世伝と帝室論』参照)妙に納得した次第です。