是枝裕和監督の『そして父になる』という映画をご覧になったでしょうか。病院で赤ちゃんを取り違えられてしまった二組の家族のお話です。それまで実の子だと思って育てていた息子が、6年経ってから、実は血の繋がりがない他人の子どもだったことがわかったのです。そのことをどう受け止めたらいいのか、二組の家族がそれぞれ苦悩する様子が描かれるのですが、その中でも、スポットは福山雅治さん演じる良多という一方の家族の父親に当てられています。
良多は、これまで失敗したことがないエリート会社員です。だからでしょう、自分には簡単だったピアノがいっこうに上達しない息子の気持ちもわからない父親でした。映画は、そんな良多が、取り違えの発覚をきっかけに、自分がいままで、自分の理想とする鋳型に息子をはめ込もうとしていただけであって、息子と本当にはかかわろうとしてこなかったことに少しずつ気づかされていく過程を、いくつものエピソードを積み重ねながら繊細に描き出していきます。良多は、血の繋がりがあれば「父である」と考え、「父になろう」とはしてこなかったのです。この映画は、人は生物学的に「父である」だけでは「父でない」こと、本当に「父である」ためには「父になる」必要があることを教えてくれているのだと思います。
「善いサマリア人」のたとえ話は、「わたしの隣人とはだれですか」という律法学者の問いをきっかけにイエス様が話されたものでした。しかしたとえ話を挟んで、イエス様は律法学者の問いを転換され、「誰が追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか」と問い返されています。律法学者は、同じ民族であるユダヤ人こそが「隣人である」と考えていたのですが、イエス様は、本当の隣人は、その人を助けて「隣人になろう」としたサマリア人であることを教えられたのです。「善いサマリア人」は、平明でありながら豊かな含意を秘めたたとえ話ですが、本当に「隣人である」ためには「隣人になる」必要があることがその含意の一つであることは間違いないでしょう。
塔和子さんに「胸の泉に」という詩があります。「ああ/何億の人がいようとも/かかわらなければ路傍の人/私の胸の泉に/枯れ葉いちまいも/落としてくれない」という末尾の一節がよく知られていますが、その前にはこんな一節が置かれてます。「人はかかわることからさまざまな思いを知る/子は親とかかわり/親は子とかかわることによって・・・かかわったが故に起こる/幸や不幸を/積み重ねて大きくなり/くり返すことで磨かれ/そして人は/人の間で思いを削り思いをふくらませ/生をつづる」。映画は、子どもの取り換え事件にははっきりとした解決が与えられないままエンドロールを迎えます。しかし二人の息子と「かかわること」で「生をつづ」ろうとする良多の決意はもはやゆるぎありません。
2020/08/01
2020/06/01
フレデリック
レオ=レオニ(Leo Lionni/1910.5.5〜1999.10.11)の作品に『フレデリック』という絵本があります(好学社)。筆者が子どもの頃からありましたから(邦訳1969年発行)、今は何刷にも上っていることでしょう。その副題に「ちょっと かわった のねずみの はなし」と掲げられている通り、主人公は野ネズミのフレデリックです。
フレデリックは仲間のおしゃべりな4匹の野ネズミと共に、とある農家の庭先の石垣の中に住んでいました。けれどもある日、農家の家族が引っ越してしまい、納屋は傾き、サイロは空っぽになります。おまけに冬も近いので、野ネズミたちは昼夜を問わず、トウモロコシや木の実、小麦、藁を集め始めました。越冬の準備です。ところが、フレデリックはその横でじっとしているままでした。仲間の野ネズミたちが不思議に思い、フレデリックに尋ねます、「どうして きみは はたらかないの?」と。するとフレデリックは答えました、「こう みえたって,はたらいてるよ。さむくて くらい ふゆの ひの ために,ぼくは おひさまの ひかりを あつめてるんだ」と。
そしてまた、フレデリックが座り込んで牧場をじっと見つめていると、みんながまた聞きました、「こんどは なに してるんだい,フレデリック?」と。フレデリックはあっさり答えます、「いろを あつめてるのさ。ふゆは はいいろだからね」と。
またある日、フレデリックは半分眠っているようでした。するとみんなは少し腹を立てて尋ねました、「ゆめでも みてるのかい,フレデリック」と。「ちがうよ,ぼくは ことばを あつめてるんだ。ふゆは ながいから,はなしの たねも つきて しまうもの」。
そして冬が来て雪が降り、5匹の野ネズミたちの越冬が始まります。初めのうちは食べ物もたくさんあり、みんな楽しくおしゃべりもしていました。しかし、少しずつ木の実や草の実は減って行き、藁もトウモロコシも底を突きます。野ネズミたちはぬくぬくと過ごしていた頃を懐かしがりますが、もうおしゃべりをする気にもなれません。しかしその時、みんなは思い出したのです、自分たちとは別の働き方をしていたフレデリックが言っていたことを。そこで尋ねました、「きみが あつめた ものは,いったい どう なったんだい,フレデリック」と。するとフレデリックはみんなに目をつむらせ、太陽の話を聴かせてあげました。光を思い起こさせるためです。次にアサガオや麦、ケシ、野いちごの葉っぱのことを話し出しました。みんなの心の中にいろいろな色を思い描かせるためです。そして最後には(俳優になりきって!)3月の雪解け、6月に咲き誇るクローバー、夕暮れや月の美しさを思い出させ、あたかもそれらが4匹の野ネズミたちによって営まれたかのように語り聞かせてあげました。そのようにして、四季の素晴らしさを教えつつ、冬にも意味があることや、自分たちが一人も欠けることなく、共にいられる幸いを優しく伝えてあげたのです。
フレデリックが話し終わるとみんなは拍手喝采。「おどろいたなあ,フレデリック。きみって しじんじゃ ないか!」。フレデリックはお辞儀をしながら「そう いう わけさ」と挨拶し、この絵本は終わります。その時のフレデリックはとても恥ずかしそうでいて、誇らし気でもありました。
確かに、フレデリックは光、色彩、言葉を吸収し、それを見事に語り聞かせて、冬ごもりをする仲間を励ましました。けれどもそれは、みんなとは違う働き方で冬ごもりの準備をしていた詩人だからできたことでした。
子どもたちは今、コロナ籠り(?)を強いられています。しかし、この小さな詩人の姿から勇気を与えられるように思います。もしかすると、人生いかに生きるべきか、という問いに答えを出せる子があるかも知れません。いや、そういう期待は棄てて、ぜひとも膝の上に子どもを座らせ、読み聞かせてやってください。誤解を恐れぬ詩人フレデリックの崇高な信念と尊い働きと強かな友情とを!
フレデリックは仲間のおしゃべりな4匹の野ネズミと共に、とある農家の庭先の石垣の中に住んでいました。けれどもある日、農家の家族が引っ越してしまい、納屋は傾き、サイロは空っぽになります。おまけに冬も近いので、野ネズミたちは昼夜を問わず、トウモロコシや木の実、小麦、藁を集め始めました。越冬の準備です。ところが、フレデリックはその横でじっとしているままでした。仲間の野ネズミたちが不思議に思い、フレデリックに尋ねます、「どうして きみは はたらかないの?」と。するとフレデリックは答えました、「こう みえたって,はたらいてるよ。さむくて くらい ふゆの ひの ために,ぼくは おひさまの ひかりを あつめてるんだ」と。
そしてまた、フレデリックが座り込んで牧場をじっと見つめていると、みんながまた聞きました、「こんどは なに してるんだい,フレデリック?」と。フレデリックはあっさり答えます、「いろを あつめてるのさ。ふゆは はいいろだからね」と。
またある日、フレデリックは半分眠っているようでした。するとみんなは少し腹を立てて尋ねました、「ゆめでも みてるのかい,フレデリック」と。「ちがうよ,ぼくは ことばを あつめてるんだ。ふゆは ながいから,はなしの たねも つきて しまうもの」。
そして冬が来て雪が降り、5匹の野ネズミたちの越冬が始まります。初めのうちは食べ物もたくさんあり、みんな楽しくおしゃべりもしていました。しかし、少しずつ木の実や草の実は減って行き、藁もトウモロコシも底を突きます。野ネズミたちはぬくぬくと過ごしていた頃を懐かしがりますが、もうおしゃべりをする気にもなれません。しかしその時、みんなは思い出したのです、自分たちとは別の働き方をしていたフレデリックが言っていたことを。そこで尋ねました、「きみが あつめた ものは,いったい どう なったんだい,フレデリック」と。するとフレデリックはみんなに目をつむらせ、太陽の話を聴かせてあげました。光を思い起こさせるためです。次にアサガオや麦、ケシ、野いちごの葉っぱのことを話し出しました。みんなの心の中にいろいろな色を思い描かせるためです。そして最後には(俳優になりきって!)3月の雪解け、6月に咲き誇るクローバー、夕暮れや月の美しさを思い出させ、あたかもそれらが4匹の野ネズミたちによって営まれたかのように語り聞かせてあげました。そのようにして、四季の素晴らしさを教えつつ、冬にも意味があることや、自分たちが一人も欠けることなく、共にいられる幸いを優しく伝えてあげたのです。
フレデリックが話し終わるとみんなは拍手喝采。「おどろいたなあ,フレデリック。きみって しじんじゃ ないか!」。フレデリックはお辞儀をしながら「そう いう わけさ」と挨拶し、この絵本は終わります。その時のフレデリックはとても恥ずかしそうでいて、誇らし気でもありました。
確かに、フレデリックは光、色彩、言葉を吸収し、それを見事に語り聞かせて、冬ごもりをする仲間を励ましました。けれどもそれは、みんなとは違う働き方で冬ごもりの準備をしていた詩人だからできたことでした。
子どもたちは今、コロナ籠り(?)を強いられています。しかし、この小さな詩人の姿から勇気を与えられるように思います。もしかすると、人生いかに生きるべきか、という問いに答えを出せる子があるかも知れません。いや、そういう期待は棄てて、ぜひとも膝の上に子どもを座らせ、読み聞かせてやってください。誤解を恐れぬ詩人フレデリックの崇高な信念と尊い働きと強かな友情とを!
2020/02/01
恐れることを 恐れるな
親鸞の教えとキリスト教には似たところがある、とよく言われます。親鸞は漢訳の聖書を読んでいたのではないか、という説もあるくらいです。その親鸞から直接聞いた言葉を、門弟の唯円が書き留めたとされる『歎異抄』の第九条に、次のような味わい深い二人の対話が出てきます。まず唯円が口火を切り、親鸞にこう問いかけます。「念仏をしていても、躍り上がるような喜びの心は湧いてこないし、早く浄土に往生したいという心も起こってきません。どう考えたらよいのでしょう」。この思い切った、しかし正直な唯円の告白に、親鸞は驚くべき、しかし等しく正直な応答をしています。「この親鸞もなぜだろうと思っていたのですが、唯円、あなたも同じ心持ちだったのですね」。阿弥陀様の救いを信じている。だから極楽往生は間違いない。なのにいっこうに死など恐ろしくないという境地には達しない。でもそんな煩悩まみれの私たちのためにこそ、阿弥陀様は来てくださるのだ。親鸞は、そう言いたかったのだと思うのです。
これとよく似たエピソードを、カトリック作家の遠藤周作さんが、『変わるものと変わらぬもの』というエッセイ集の中で書いています。先輩作家の椎名麟三が、洗礼を受けた後に、「これで、ジタバタして死ねますよ」と語ったというのです。この椎名の言葉を、遠藤さんは、こう解き明かしています。「「すべてを神に委ねたてまつる」とは自分の立派な部分だけでなく、弱さ、醜さすべてを神という大きなものに委せることである。椎名さんが、「これでジタバタして死ねますよ」と言ったのもそういう意味だったにちがいない」。
「恐れるな」が、聖書の中心的なメッセージの一つであることは間違いありません。聖書の中には、実に365回、この言葉が出てくるそうです。とすると復活を信じているのだから、死を前にしても、恐れることなく泰然自若としてそれを受け入れていく、これこそがキリスト者のあるべき姿だ、そのようにも思えてきます。でも本当にそうなのでしょうか。神以外のすべてを恐れる必要がないとすれば、その「すべて」には、「恐れること」それ自体も含まれると考えることができるでしょう。つまり「恐れるな」というメッセージの豊かな広がりは、「恐れることを恐れるな」というところにまで及んでいるように思うのです。
自分に死が迫ったとしたら、泰然自若としてそれを受け入れていく自信は、とうてい私にはありません。ジタバタしてしまうような気がします。みっともない振る舞いをしてしまいそうな気がします。でもイエス様は、「そんな情けないお前のためにこそ、私は来たのだよ」と言ってくださるのではないかと思うのです。そしてイエス様がそう言ってくださるなら、少しは勇気を出して死と向き合うことができそうな気がするのです。
これとよく似たエピソードを、カトリック作家の遠藤周作さんが、『変わるものと変わらぬもの』というエッセイ集の中で書いています。先輩作家の椎名麟三が、洗礼を受けた後に、「これで、ジタバタして死ねますよ」と語ったというのです。この椎名の言葉を、遠藤さんは、こう解き明かしています。「「すべてを神に委ねたてまつる」とは自分の立派な部分だけでなく、弱さ、醜さすべてを神という大きなものに委せることである。椎名さんが、「これでジタバタして死ねますよ」と言ったのもそういう意味だったにちがいない」。
「恐れるな」が、聖書の中心的なメッセージの一つであることは間違いありません。聖書の中には、実に365回、この言葉が出てくるそうです。とすると復活を信じているのだから、死を前にしても、恐れることなく泰然自若としてそれを受け入れていく、これこそがキリスト者のあるべき姿だ、そのようにも思えてきます。でも本当にそうなのでしょうか。神以外のすべてを恐れる必要がないとすれば、その「すべて」には、「恐れること」それ自体も含まれると考えることができるでしょう。つまり「恐れるな」というメッセージの豊かな広がりは、「恐れることを恐れるな」というところにまで及んでいるように思うのです。
自分に死が迫ったとしたら、泰然自若としてそれを受け入れていく自信は、とうてい私にはありません。ジタバタしてしまうような気がします。みっともない振る舞いをしてしまいそうな気がします。でもイエス様は、「そんな情けないお前のためにこそ、私は来たのだよ」と言ってくださるのではないかと思うのです。そしてイエス様がそう言ってくださるなら、少しは勇気を出して死と向き合うことができそうな気がするのです。
2019/12/01
人生最期の5分間
今から170年も前のこと。12月のある日、ロシアの犯罪者収容所に28歳になる青年フョードルがいました。彼は反体制の小説を手掛ける思想犯として死刑判決を受けていたのです。ある日、その死刑執行の直前に執行官がこう言いました、「最期だ。お前に時間をくれてやる。ただし5分だ!」と。遂にこの世と訣別する瞬間が来た、フョードルはそう悟ります。そして「ああ、私は5分後にこの世から消え去るのか。そんな短時間でいったい何ができるだろう」と悩み、家族と知人たちへの別れの挨拶が混在する祈りをささげるのでした。
ところが、執行官は無情にも大きな声で「2分経過!」と叫びます。フョードルはその日まで生かしてくださった神に感謝しつつ、他の死刑囚たちへの別れの挨拶をも祈りの中に込めました。「残り1分!」、執行官の大声があたりに響き渡ります。フョードルは思いました、「ああ、もう一度人生をやり直すことができたなら! そうだ、オレは生きたい! 生きたいのだ! もう少し、あと少しだけでも生き長らえたい! どうか神さま、この私を救ってください!」と。
フョードルは後悔の涙と共に神に嘆願します。しかし「死刑準備開始!」「ガチャッ」。銃に弾丸を装填する音が彼の耳をつんざきます。絶体絶命のフョードル! するとその時、政府の使者が大声を張り上げて処刑場に駆け寄って来たのです。その声にフョードルは耳を疑いつつも歓喜しました。「やめろ、やめろ! その死刑は中止だ!」。
皇帝ニコライ1世の特赦によりフョードルは銃殺の直前で死刑を免れ、4年間のシベリア流刑に減刑されたのです。そして極寒の地で過酷な強制労働を担うことになりました。
しかし、フョードルは神に与えられた時間の重要性を悟り、「人生は最期の5分の連続だ」とばかりに創作活動に没頭します。そして流刑を終え、さらに4年間の兵役も終えた後、1881年に世を去るまで神を信じ、キリスト教的人道主義の視点から数々の不朽の名作を書き残すことになりました。彼の本名はフョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー。言わずと知れたロシアの文豪です。
人生最期の5分間、あなたならどのように過ごしますか? また、何をどなたに祈りますか?
ところが、執行官は無情にも大きな声で「2分経過!」と叫びます。フョードルはその日まで生かしてくださった神に感謝しつつ、他の死刑囚たちへの別れの挨拶をも祈りの中に込めました。「残り1分!」、執行官の大声があたりに響き渡ります。フョードルは思いました、「ああ、もう一度人生をやり直すことができたなら! そうだ、オレは生きたい! 生きたいのだ! もう少し、あと少しだけでも生き長らえたい! どうか神さま、この私を救ってください!」と。
フョードルは後悔の涙と共に神に嘆願します。しかし「死刑準備開始!」「ガチャッ」。銃に弾丸を装填する音が彼の耳をつんざきます。絶体絶命のフョードル! するとその時、政府の使者が大声を張り上げて処刑場に駆け寄って来たのです。その声にフョードルは耳を疑いつつも歓喜しました。「やめろ、やめろ! その死刑は中止だ!」。
皇帝ニコライ1世の特赦によりフョードルは銃殺の直前で死刑を免れ、4年間のシベリア流刑に減刑されたのです。そして極寒の地で過酷な強制労働を担うことになりました。
しかし、フョードルは神に与えられた時間の重要性を悟り、「人生は最期の5分の連続だ」とばかりに創作活動に没頭します。そして流刑を終え、さらに4年間の兵役も終えた後、1881年に世を去るまで神を信じ、キリスト教的人道主義の視点から数々の不朽の名作を書き残すことになりました。彼の本名はフョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー。言わずと知れたロシアの文豪です。
人生最期の5分間、あなたならどのように過ごしますか? また、何をどなたに祈りますか?
2019/11/02
今年から日曜日に
タイトルをご覧になって「なんのことかな?」と思われた方があるかもしれません。これは毎年恒例で行なっている「こどもクリスマス」のことです。
「国民の祝日に関する法律」によって天皇誕生日は去年まで12月23日に定められていました。その日は毎年休日であり、クリスマス直前でもあることから、教会ではその日に「こどもクリスマス」を行なっていたのです。ところが、先の法律が2017(平成29)年6月16日に改定され、今年度に入ってから天皇誕生日は2月23日に移ってしまいました。そのため、12月には日曜日以外の休日が無くなってしまったので、こどもクリスマスは今年から日曜日に行なうことにしたのです。
けれども、良く考えてみると、いわゆる平成時代になる前の昭和時代、天皇誕生日は4月29日でした。つまり、昭和時代も12月には週日中の休日は無かったのです。私などは小学生の頃から、家の壁に貼られていた(二十四節気入りの)カレンダーを眺めつつ、常々「どうして春分・秋分の日はあるのに、夏至・冬至の日は無いのだろう?」と不思議に思っていたものです。
しかし、クリスマスを祝う心は、その日が欧米のように休日でなくても、決して萎えるものではない筈です。寧ろいつであっても、例えばそれが何曜日であったとしても、救い主の降誕を喜ぶ喜びは変わることがありません。それこそ、二千年前のベツレヘムでイエスさまを迎えたマリア、ヨセフ夫婦も、虐げられて家畜小屋に寝泊まりし、生まれたばかりの我が子(イエスさま)をエサ箱(飼い葉桶)に寝かせなければならない貧しさの中にありましたが、救い主誕生の喜びがその貧しさに優って大きかったのです。救い主が苦しみや寂しさの中にある人々のためにこそお生まれになることを知っていたからです。
教会は何月何日何曜日であれ、心からクリスマスを祝います。聖書にはそれが12月25日であったとは書かれていませんが、神の子が私たちと同じ人間になられた事実は不変です。この国、この世界は、人間を神にしようとする力が強いように見えますが、クリスマスは神の子が人の子になったことを喜ぶ神の民の「祝日」なのです。
「国民の祝日に関する法律」によって天皇誕生日は去年まで12月23日に定められていました。その日は毎年休日であり、クリスマス直前でもあることから、教会ではその日に「こどもクリスマス」を行なっていたのです。ところが、先の法律が2017(平成29)年6月16日に改定され、今年度に入ってから天皇誕生日は2月23日に移ってしまいました。そのため、12月には日曜日以外の休日が無くなってしまったので、こどもクリスマスは今年から日曜日に行なうことにしたのです。
けれども、良く考えてみると、いわゆる平成時代になる前の昭和時代、天皇誕生日は4月29日でした。つまり、昭和時代も12月には週日中の休日は無かったのです。私などは小学生の頃から、家の壁に貼られていた(二十四節気入りの)カレンダーを眺めつつ、常々「どうして春分・秋分の日はあるのに、夏至・冬至の日は無いのだろう?」と不思議に思っていたものです。
しかし、クリスマスを祝う心は、その日が欧米のように休日でなくても、決して萎えるものではない筈です。寧ろいつであっても、例えばそれが何曜日であったとしても、救い主の降誕を喜ぶ喜びは変わることがありません。それこそ、二千年前のベツレヘムでイエスさまを迎えたマリア、ヨセフ夫婦も、虐げられて家畜小屋に寝泊まりし、生まれたばかりの我が子(イエスさま)をエサ箱(飼い葉桶)に寝かせなければならない貧しさの中にありましたが、救い主誕生の喜びがその貧しさに優って大きかったのです。救い主が苦しみや寂しさの中にある人々のためにこそお生まれになることを知っていたからです。
教会は何月何日何曜日であれ、心からクリスマスを祝います。聖書にはそれが12月25日であったとは書かれていませんが、神の子が私たちと同じ人間になられた事実は不変です。この国、この世界は、人間を神にしようとする力が強いように見えますが、クリスマスは神の子が人の子になったことを喜ぶ神の民の「祝日」なのです。
2019/07/02
33個めの石
2007年にアメリカで起きたバージニア工科大学銃乱射事件を覚えていますか。アメリカでは、たびたび銃乱射事件が発生していますから、どれがどれだか区別がつかないかもしれません。この事件では、30人以上の学生・教員が殺され、犯人の学生も自殺しました。犯人は、動機を述べたビデオと自分の写真をテレビ局に送りつけていたため、その映像は、世界中で流されました。なので、記憶になくても、多くの方が目にされたはずです。
哲学者の森岡正博は、『33個めの石』というエッセイの中で、事件後に起きた次のような印象深い出来事について記しています。「バージニア工科大学事件の次の週に、被害者の追悼集会がキャンパス内で行われた。キャンパスには、死亡した学生の数と同じ33個の石が置かれ、花が添えられた。実は、犯人によって殺されたのは32人である。『33個めの石』は、事件直後に自殺した犯人のために置かれたのである」。実際には、石を置く人がいれば取り去る人もいるといったせめぎ合いもあったようなので、集会の参加者たちの思いが一つであったとは言えませんが、重い問いかけを持った石であることは間違いありません。
ところで、イエス様の弟子の中でもっとも有名なのは、誰でしょうか。ペトロでもパウロでもなく、ユダではないかと思います。キリスト者でない人たちの間でも、ユダは、裏切り者の代名詞になっていますし、キリスト者にとっても、銀貨三十枚でイエス様を裏切り、最後は自殺したわけですから、これ以上はない罪人ということになるでしょう。では、そんなユダにも「赦し」があるのか。神学者の間でも、答えは様々です。
アウグスティヌスが与えているのは、とても厳しい答えです。ユダは、神の憐みに絶望して後悔したかもしれないが、それは救われるための悔い改めではなかった。それどころか、ユダは、自殺することで、神から与えられた命を絶つという罪を増し加えてしまった、と言うのです。
これに対して、カール・バルトは、人間の罪が増し加わるところにこそ、神の恵みも増し加わるとして、正反対の答えを与えています。神様は、棄てられた人間こそが福音を聞き、また選びの約束を聞くようになることを望んでおられる。神様は、ユダにもこの福音が宣べ伝えられることを欲しておられるのだ、とバルトは言います。
私は、バルトの答えに共感を覚えます。それは、とても利己的で臆病な理由によるものです。私の心の中にもユダが棲んでいるのでないか、もしそうなら、ユダが赦されないと私も赦されないのではないかと懼れるからなのです。イエス様は、ユダのためにも石を置いてくださる。そしてその小さな石は、私のための希望の石でもあるように思うのです。
哲学者の森岡正博は、『33個めの石』というエッセイの中で、事件後に起きた次のような印象深い出来事について記しています。「バージニア工科大学事件の次の週に、被害者の追悼集会がキャンパス内で行われた。キャンパスには、死亡した学生の数と同じ33個の石が置かれ、花が添えられた。実は、犯人によって殺されたのは32人である。『33個めの石』は、事件直後に自殺した犯人のために置かれたのである」。実際には、石を置く人がいれば取り去る人もいるといったせめぎ合いもあったようなので、集会の参加者たちの思いが一つであったとは言えませんが、重い問いかけを持った石であることは間違いありません。
ところで、イエス様の弟子の中でもっとも有名なのは、誰でしょうか。ペトロでもパウロでもなく、ユダではないかと思います。キリスト者でない人たちの間でも、ユダは、裏切り者の代名詞になっていますし、キリスト者にとっても、銀貨三十枚でイエス様を裏切り、最後は自殺したわけですから、これ以上はない罪人ということになるでしょう。では、そんなユダにも「赦し」があるのか。神学者の間でも、答えは様々です。
アウグスティヌスが与えているのは、とても厳しい答えです。ユダは、神の憐みに絶望して後悔したかもしれないが、それは救われるための悔い改めではなかった。それどころか、ユダは、自殺することで、神から与えられた命を絶つという罪を増し加えてしまった、と言うのです。
これに対して、カール・バルトは、人間の罪が増し加わるところにこそ、神の恵みも増し加わるとして、正反対の答えを与えています。神様は、棄てられた人間こそが福音を聞き、また選びの約束を聞くようになることを望んでおられる。神様は、ユダにもこの福音が宣べ伝えられることを欲しておられるのだ、とバルトは言います。
私は、バルトの答えに共感を覚えます。それは、とても利己的で臆病な理由によるものです。私の心の中にもユダが棲んでいるのでないか、もしそうなら、ユダが赦されないと私も赦されないのではないかと懼れるからなのです。イエス様は、ユダのためにも石を置いてくださる。そしてその小さな石は、私のための希望の石でもあるように思うのです。
2019/05/01
しごとをとりかえただんなさん
ノルウェーの昔話『しごとをとりかえただんなさん』をご存じですか?若い夫婦が小さな家につつがなく暮らしていました。だんなさんは畑仕事、おかみさんは家事をこなしていました。ある日、畑から戻っただんなさんがおかみさんに「お前はずいぶん楽をしている。俺はあくせく働いているのに」とこぼします。するとおかみさんは陽気にこう答えました、「それなら明日から仕事を取り替えましょう」と。次の日の朝、おかみさんはレーキを担ぎ、だんなさんはほうきを手に取り、それぞれの仕事に分かれて行きました。
だんなさんは鼻歌まじりで家の掃除を始めます。そして夕飯にパンケーキを焼こうと卵を集めに行きました。けれども、生みたての卵を両手に持って戻って来ると、立てかけていたほうきにつまずき、落とした卵は全て割れ、おまけに鼻も潰します。だんなさんは、それならオートミールを作ろうとミルクと麦をボウルに入れてかき混ぜます。が、すぐに暑くなったので、冷えたリンゴ酒を求めて地下室に降り、一口飲もうとしたところ、上の階から大きな物音。慌てて戻るとボウルが割れ、ネコがミルクを舐めていました。怒っただんなさんはネコを追い払い、最初からもう一度、オートミールを作り直します。が、リンゴ酒入りの樽の栓をし忘れていたことを思い出し、地下室に戻ると案の上、全て流れ落ちていました。もはや絶望寸前のだんなさんが、牛に朝のエサをやるのを思い出したのは既に昼過ぎ。牧場に連れて行っている時間はありません。そこでひらめき、小屋の屋根の上に芽吹いている雑草を牛に食べさせることにします。板切れで橋をかけ、屋根の上にようやく牛を連れて上がっただんなさんは、万一に備え、煙突伝いで牛と自分とをロープでつなげて家事を再開。部屋を掃除し始めますが、床に流れたオートミールでほうきはグチョグチョ。そこへ調理中のオートミール第二弾の鍋が吹きこぼれたので急いでかまどの火を消して点け直そうとしたところ、屋根の上から牛が落ち、ロープで結ばれていただんなさんは哀れにも吊り上げられて、煙突の中にキッチリはまってしまいました!
…福音館版はここまでなのですが、童話館版には続きがあります。帰宅したおかみさんがだんなさんを見て笑い、だんなさんが「もう決して、お前の仕事より俺の仕事のほうがたいへんだなんて言いやしないよ!」と言うのです。そして翌朝、それぞれは元の仕事に戻るのですが、その場面を描いた絵は、だんなさんとおかみさんとが微笑み合っているのです(お互いに敬意を込めて)。しかも、それからは時々相手を手伝うようになった、とも語られておりました。
自分が辛い目に遭っている、損をしていると考えると、大切なひとをさえ妬ましく思うのが人間です(創4.)。でも、その傲慢さに気付いたら、実は赦され、愛されている自分であることを知り、生まれ変わることもできるのです。私はこちらのオチが大好きです。なぜなら、これこそ、神によって救われた人間の新しさ、聖書の福音であるからです。
だんなさんは鼻歌まじりで家の掃除を始めます。そして夕飯にパンケーキを焼こうと卵を集めに行きました。けれども、生みたての卵を両手に持って戻って来ると、立てかけていたほうきにつまずき、落とした卵は全て割れ、おまけに鼻も潰します。だんなさんは、それならオートミールを作ろうとミルクと麦をボウルに入れてかき混ぜます。が、すぐに暑くなったので、冷えたリンゴ酒を求めて地下室に降り、一口飲もうとしたところ、上の階から大きな物音。慌てて戻るとボウルが割れ、ネコがミルクを舐めていました。怒っただんなさんはネコを追い払い、最初からもう一度、オートミールを作り直します。が、リンゴ酒入りの樽の栓をし忘れていたことを思い出し、地下室に戻ると案の上、全て流れ落ちていました。もはや絶望寸前のだんなさんが、牛に朝のエサをやるのを思い出したのは既に昼過ぎ。牧場に連れて行っている時間はありません。そこでひらめき、小屋の屋根の上に芽吹いている雑草を牛に食べさせることにします。板切れで橋をかけ、屋根の上にようやく牛を連れて上がっただんなさんは、万一に備え、煙突伝いで牛と自分とをロープでつなげて家事を再開。部屋を掃除し始めますが、床に流れたオートミールでほうきはグチョグチョ。そこへ調理中のオートミール第二弾の鍋が吹きこぼれたので急いでかまどの火を消して点け直そうとしたところ、屋根の上から牛が落ち、ロープで結ばれていただんなさんは哀れにも吊り上げられて、煙突の中にキッチリはまってしまいました!
…福音館版はここまでなのですが、童話館版には続きがあります。帰宅したおかみさんがだんなさんを見て笑い、だんなさんが「もう決して、お前の仕事より俺の仕事のほうがたいへんだなんて言いやしないよ!」と言うのです。そして翌朝、それぞれは元の仕事に戻るのですが、その場面を描いた絵は、だんなさんとおかみさんとが微笑み合っているのです(お互いに敬意を込めて)。しかも、それからは時々相手を手伝うようになった、とも語られておりました。
自分が辛い目に遭っている、損をしていると考えると、大切なひとをさえ妬ましく思うのが人間です(創4.)。でも、その傲慢さに気付いたら、実は赦され、愛されている自分であることを知り、生まれ変わることもできるのです。私はこちらのオチが大好きです。なぜなら、これこそ、神によって救われた人間の新しさ、聖書の福音であるからです。
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